|
毎年仲秋の夜、伊豆のと或る神社で観月会が催されます。
私は「千里」の活動以外に、各地で数箇所の雅楽会にお世
話になっており、こちらの会での観月演奏会は私の雅楽ラ
イフにおいて一年の集大成と言える一夜となります。
今年(平成18年)は「管弦:黄鐘調 西王楽破」「人長舞
:其駒」「舞楽:陵王」を演奏しました。
なぜこの観月会が一年の集大成かと言うと、この演奏会に
は日本を代表する雅楽演奏家数名が、この会の演奏をサポ
ートするためだけにお越し頂くという、なんとも贅沢な演
奏会だからなのです。
この一年一度のチャンスに、私は自分の持てるものを全て
出し尽くす事は勿論、この方々の素晴らしい技術の何十分
の一、何百分の一でも掴めればと必死で視覚、聴覚、を始
めとする身体の感覚神経全てを集中させます。
他での稽古では絶対掴み取れない、雅楽にとって絶対必要
とされる「間:ま」と表現されるテンポ。笙吹きの私にと
っては独習する事は極めて難しいもので、パート稽古にお
いての師匠の拍子はそれはそれで絶妙なのですが、それが
曲として他の楽器との掛け合いとなると理解度は格段に上
がります。
先ずは管弦の演奏に入ると師匠は鞨鼓で全体を統括し、前
方の筝、琵琶は絶妙な間で管楽器をサポートします。私の
隣では若手の篳篥(若手と言っても既に中堅クラス)さん
が力強い音色を響かせているかと思えば、その向こうには
現在日本の雅楽界ではトップと言って差し支えない先生が
最後方から全体の演奏を支えてくれています。また、更に
その向こうでは龍笛の若手(この方も中堅クラス)さんが
ダイナミック且つ絶妙な小拍子や掛吹きで笙に間を渡して
くれます。自分が上手くなったかと勘違いさせるような心
地よい演奏の中に、我を忘れるという言葉通りの恍惚感に
浸りきってしまいました。
残念ながら当夜はあいにくの雨天でしたが、それが私には
幸運な雨となりました。なぜなら、晴天であれば屋外での
演奏が通常なのですが、雨天のため拝殿内での演奏に変更
となり、それが自分にとっては演奏ポジションや音響面で
絶好のロケーションとなったからです。
さて、セッティングを変更し人長舞です。陵王と人長舞は
こちらの会員が舞ったのですが、両方とも篳篥の大家直伝
で、陵王は私も一緒に二年間稽古を附けて頂きました。
拝殿の両側に別れ、観客席から見て右側に打ち物、和琴、
そして笙担当。左側は篳篥と笛の方々が陣取りました。時
間の都合もあり、急ぎ座った私の左隣には雅楽界最高峰の
笙大家、我が師匠がおみえになるではないですか。そして
音頭が発声を始めます。いよいよ付所。私は出したはずの
自分の声が聞こえません。それもそのはず、師匠の発声の
前には私ごときの唄は跡形も無く吹き飛ばされてしまった
のです。唖然としながらも唄い続ける自分の耳に、次に聞
こえて来たのは対面で唄ってみえる篳篥の大家の発声でし
た。そして次々聞こえて来るのは客演諸氏の発声でした。
先程の管弦演奏で琵琶を弾かれていた笙の中堅(こちらは
私の琵琶の師匠です)さん。筝を弾かれていた若手の笙さ
ん。もう自分を含め会員十数人が束になって掛かっても足
元にも及びません。その日本を代表する演奏家の皆さんが
発声する荘厳な響きに我を忘れ、知らず知らずのうちに眼
が潤み、ついには流れる涙を抑えきれなくなってしまいま
した。
感動はこれだけではありません。対面で発声しておられる
篳篥の先生は、教え子が人長を舞う姿を優しく見守ってお
られます。先生には数え切れないほどのお弟子さんや、そ
れに準ずる生徒さんがおみえになると思いますが、それら
多くの内の一人に対しても心を掛けて頂いているという優
しいお気持ちは、緩んだ涙腺に追い討ちをかけました。も
う涙は留まるところを知りません。私ももう流れる涙を留
める事すら忘れていました。
こうしてこの感動を文章に書き起こしている今も、あの時
の感動が甦り、荘厳な神楽歌が聴こえて参ります。あの感
動と神楽歌、皆様方のお顔や雰囲気は一生忘れる事は無い
でしょう。
しかし、観月演奏会はこれだけではありません。大トリの
陵王が控えています。数分の休憩を挟み、その間に慌しく
陵王演奏の準備を拝殿と舞人との両方で進めました。
乱声の太鼓が鳴り響き、いよいよ陵王登場です。太鼓は琵
琶の師匠。鞨鼓は勿論大師匠。私の隣には管弦で筝を弾い
て頂いた若手(こちらは本当の意味での若手です)の笙さ
ん。乱声の太鼓の響きに乗って出手を舞い終わり、音取に
続きいよいよ当曲です。龍笛のヒィーチィーの音頭が流れ
陵王の撥が静かに舞い上がります。鞨鼓のポンポンが絶妙
なテンポを刻み始めます。太鼓のズんに導かれ笙の音頭が
静かながら力強く鳴り始め、続いて管方が一斉に鳴り始め
ると、これまた絶妙なタイミングで太鼓の百(ドぉ)が打
ち鳴らされ、舞楽陵王の始まりです。舞い手の会員さんも
二年間一生懸命稽古した成果を見てもらおうと一生懸命に
舞っているのが良く分かります。ここで先程の人長の時と
同じように自分の笙の音で無い、一層力強い笙の音色が聴
こえて来ました。隣で吹いている若手さんです。若々しい
力強く鋭い音色はさすがです。私の笙もその音色に導かれ
て実力以上の演奏が出来たと思うのは手前味噌ですね。し
かし、これで済まないのが今回の演奏会です。陵王の向こ
うに篳篥を吹きながら、人長舞の時と同じように厳しくも
優しい眼差しで教え子の舞を見守る大家の姿が見えます。
私も一緒に教えを請いましたから分かります。篳篥を吹き
ながらも、尚も指導をするが如く全身が「付いて来い」と
言わんばかりに舞い踊っているのです。この姿を見てから
はもういけません。その優しい姿しか眼に入らず、プロの
方達の音しか耳に入らなくなってしまいました。そして先
程緩んだ涙腺が再度開放され、間違う事は無かったと思い
ますが、いつの間にか演奏は終わっていました。
突き上げた撥を陵王が静かに下げ、再び乱声の太鼓に乗っ
て入手を舞いながら下がって行きます。過去に何度も感動
を頂いた観月演奏会ですが、今年はまた一味違いました。
暫らく放心状態に近かったような気がしますが、我に帰り
諸先生にお礼をし、新幹線に乗ってからも、DVDかVTRを見
直しているように、瞼の裏では先程の映像が何回も何回も
繰り返されていました。熱海、豊橋間はこだまで一時間半
かかるのですが、熱海で乗り込んでから豊橋に到着するま
での記憶がほとんどありませんでした。
この感動を、どのようにしたら皆さんに伝えられるか・・
と言うより、黙って居られなくてとにかく書き綴ってみま
した。最後までお読み頂けた方がございましたら、ありが
とうございました。乱文失礼致しました。
|