大島日記(伊豆大島雅楽演奏会回顧綴)
まずは事の発端から・・
毎年受講させて頂いている「伊勢神宮雅楽講習会」の「笙」講習室で、馴染みの(「謎」の?)神主「少佐」こと「橋本」氏との何気ない会話が、このイベント開催への第一歩でした。
私と「少佐」は前後の席で講習を受けていたので、期間中のほとんどの時間を近い距離で過していました。そんな流れるような時間の一齣で、多分・・ 昨年私が数人の仲間と立ち上げた「豊橋雅楽愛好者衆『千里:せんり』」が順調に活動の輪を広げていると、「笙」を炙りながら何気に私が呟いたのでしょう。そこへ「少佐」から・・ 「大島の皆さんにも雅楽を聞かせてあげたい」と、やはり相槌を打つ程度に返事が返ってきた(と思う)。私の事だからその相槌に「じゃぁ行こうか」と気軽に再度相槌程度の返事を繰り返す、会話のキャッチボールを楽しんでいたと記憶しています。
「少佐」の真面目さは10人中11人が認めるところであると思いますが、この会話から既に少佐の心中ではミッションのシュミレーションが始まっていたに違いないと思います。その日の夕食後か、次の日かは定かではありませんが、講習終了後、大島に戻り次第「文化協会」に打診してみるとの事で、私も「楽しみにしているよ」と又々気軽な返事を繰り返していました。また、少佐が島の文化協会理事もされているとの事は、ここで始めて聞きました。
私も演奏会の機会を常々探していたので全くの社交辞令では無かったのですが、簡単に事が運ぶとは思っていなかったのは事実です。勢いというのはこういうものなのか、講習期間中に仲の良い神戸の「I. ニコニコ・ビューティーズ」という「篳篥」と「笛」のユニットにこの件を打診したところ、「以前から『いつかは合奏!』と合言葉を唱えていたので、実現するなら『OK』ですよ」との返事をもらいました。島の滞在費は「少佐」が文化協会で予算繰りしてくれたんですが、ノーギャラで交通費自己負担でしたから、関西から遠征してもらうには経費と休暇はかなりの負担だったのではないかと思います。この件は後ほど別のところで改めて記すことになると思いますが、本当に嬉しかったです。
伊勢の講習会参加者の中には我が「千里」のメンバー「スピリチュアル」な「もろくん」も居て、この件については前向きに検討進める事に即決しました。
伊勢から帰ると早々に少佐から「文化協会から正式に公演の依頼を受けた」旨の連絡が入り、本格的に作戦が実行段階に入りました。そうなると、部隊の規模や装備の調達です。(どうも少佐のペースから抜けられませんねぇ)
先ずは人員の確保ですが、「千里」基本メンバーへの打診から始めました。「もろくん」からは既に伊勢滞在中に「OK」をもらっていたので、次に「篳篥」の「楽人」こと「伊藤」さんです。伊藤さんからも二つ返事で「OK」頂いて、事がどんどん運びます。もうそうなったら「浦安の舞」担当の「ちぃちゃん」ですが、ちぃちゃんから返事が出る前にちぃちゃんのパパさんから「OK」が出ちゃいまして、もうこれで愛知チームのメンバーが一応揃ってしまいました。一応というのは、メンバーの笛担当「ゆうさん」が船は苦手という事で今回の遠征には不参加になってしまったんです。ゆうさんについては後日別方面からもオファーしてもらったんですが、結局今回は見合せとなってしましました。この別方面も後ほど改めて出てきますが、今回の遠征には不思議がいっぱいでした。
話は少々逸れますが、伊勢の講習と前後して私はSNSの「mixi」を始めました。以前からネットの表に出てこないmixi内の雅楽の話題に興味があり、誰か誘ってくれないか待ってたところにメンバーのもろくんから話をもらって加入してみたんですが、入ってみたらリアルな知人がいっぱい居てビックリしました。また、表とは違うリアルなコミニュケーションも驚きと便利さから、どんどん自分のエリアが広がっていくのを実感していました。このエリアの広がりはこの後も続くでしょう。
話を元に戻しますが、mixiの中でマイミクというmixi仲間を通じて知り合うシステムがあり、私の初期のマイミクである千里メンバーの楽人さんを通じて知り合った「H2O」さんという横浜の篳篥吹きさんが、私のマイミクになってくれました。こちらのH2Oさんとは私がmixi内で開いた「結婚式で雅楽」というコミニュティーに参加して頂き、それからmixi内でコンタクトを続けていたのですが、H2Oさんのお仲間と千里メンバーのゆうさんが旧知の仲だったらしく、そんな話題から雅楽についての会話も弾んでいきました。不思議や偶然も挙げていけばキリがないくらいですが、同じようなベクトルを持っていればこれも理解できるような気がします。
遠征メンバーについては愛知チームの顔ぶれが固まったところで、改めて神戸チームへの確認作業です。前述の通り「ノーギャラ」、「交通費自己負担」、演奏会当日を挟んで前後3日の日程だという事を改めて説明しましたが、本当に快く参加表面してくれ、驚きと共に嬉しかったです。これで少佐、愛知チーム4名と合わせ7名が決まりましたから、吹奏楽器だけでもなんとかライブ程度の演奏会が開ける目途が立ちました。ここまでなら千里としていつも自分達で行っている演奏形態ですから、選曲やプランなども限られてはいますが簡単にプログラムは組めます。でも少佐はせっかくならある程度「形としての雅楽」を島の人たちに見てもらいたいとの希望がありましたので、それならば「打ち物(打楽器)」を用意しようという事になりました。雅楽特有の「鞨鼓」、「楽太鼓」、「鉦鼓」の3種類の打楽器をお世話になっている雅音会さんから借りる手筈を整えましたが、今度はそちらに人員が回ると管楽器が手薄になるという事情が発生。ぅう〜ん、どぉしよう。
するとそこへ不思議な事にH2Oさんから参加表明が!
確かにmixi内で参加者の募集はしましたが、私は「広報になれば」くらいの期待度で書き込んでいたんです。そこにまだ面識もないH2Oさんから参加して頂けるという連絡を頂いて、最初は半信半疑だったのですが、本当であればこんな嬉しい事は無いと早速確認の連絡を取らせて頂いたところ、こちらもあっさりOKです。それもH2Oさんだけでなく笛のお仲間もご一緒して頂けるとの事。後日、笙吹きの方も参加して頂けると連絡があり、横浜より総勢3名のチームが参加する事になり、これで安心して打ち物へ人手を回せることになりました。関東からは横浜チームだけでなく、少佐も私も懇意にしている東京の「殿下」こと「T」氏も合流してくれる事になりました。
最初小さなライブ程度の演奏会を予定していた私と少佐は「愛知チーム:4名」「神戸ユニット:2名」「横浜チーム:3名」と「東京の殿下」「島の少佐」と総勢11名という立派なコラボレーション・チームが出来上がりました。それも今までの演奏会は自分達出演者だけで段取りからセッティング、撤収まで全てを行わなければならず、まして演奏時は自分達の写真は無論の事、演奏をビデオ撮影する事もできなかったのに、今回はサポートスタッフとしてちぃちゃんのパパさんが参加してくれる事になり大助かりです。
さて、メンバーが充実したところで次は選曲です。
少佐を通じ文化協会側からは、できたら「舞楽」を入れたいとの意向はあったのですが、さすがに10名足らずではそこまでは期待に副えません。しかし私たちも何度かの演奏会経験から楽曲だけの演奏より、動きのあるものを取り入れた方がご覧頂くのにも変化があって良いだろうという考えを持っており、我が「千里」のマドンナ(古ぅ)ちぃちゃんによる「浦安の舞」は当初からプログラムに組み込んでいました。それに、スタンダードな曲だけではお客さんが飽きてしまいはしないだろうかという事で、現代曲(といっても雅楽より新しいってくらいですよ)を何かやろうという事になり、一般にも馴染みのある「さくらさくら」はどうだろうと意見から、もろくんが採譜を担当するという事で一曲はほぼ決定。ところがこれまた「さくらさくら」は既に雅楽器での演奏用の楽譜が存在し、偶然手配できる事になり、もろくんの負担が軽くなるという幸運に恵まれてしまいました。またこの楽譜アレンジが最高なものだったことから、結果的には選曲大成功でした。
さてスタンダードな曲はというと、まずは少佐のご希望「蘭陵王(らんりょうおう):舞楽吹き」。これは主催者側の意向を十分取り入れました。今回の顔ぶれを見渡せばどんな曲でも演奏出来そうなメンバーで、募集要領に掲げた「突然決まるであろう曲目に柔軟に対応できる事」条件は十分満たしてくれる強者揃いだったので、メンバーはひょっとしたらマニアックな曲を望んでいたのかもしれませんが、「基本が一番」という私のポリシーで「平調越殿楽(ひょうじょうえてんらく)」「陪臚(ばいろ)」という、雅楽を習得しようとする者が初期に必ず触れる二曲に決めさせてもらいました。確かに全員腕の良いメンバーなのは間違いありませんが、関東、中部、関西と各地から参集したメンバー同士が、当日の数時間しか合同練習ができないという条件下でも、せっかく観覧に来て頂けるお客様に出来うる最高の演奏を聴いて頂きたいという願いから、短時間の練習でも十分対応できるようにという配慮をさせて頂きました。しかし雅楽に携わっている方ならお分かり頂けると思いますが、実は「越殿楽」は難しいんです。
これでほぼ選曲はきまりました。
演奏会は日一日と近づいて来ます。
島では少佐が仕事もそっちのけで(どうも本当にそうだったらしいです)準備に奔走してくれていました。各方面への後援、支援の取り付け。チラシなど広報物の作成、掲示(島の観光に連れて行ってもらったら、島の至るところに手作りのポスターが貼られていました)。宿泊の手配。船舶の予約など、本当にご苦労だったと思います。
私も逐次連絡事項や譜面などをメンバーさんにメールや郵便で送りましたが、最初に郵便で皆さんに送った少佐からの予定表は、私もファックスで受けた時に目を丸くしてしまいました。その理由は・・ これはメンバーさんだけが分かればいいですよね。しかし少佐の行動力と体力には脱帽です。さすが海○自○官!
8月に入ってから、演奏の順序やプログラムの組み立てを進めていく過程で、曲数が足りなくなる可能性が出てきました。スタンダードな雅楽曲を入れる事は可能ですが、もうみんなは当たり前の曲ではつまらなくなるのは分かってますから、いろいろなアイデアを出してくれました。越殿楽が今様を経て黒田節に移っていく変遷を持ていったらどうだろうとか、ポップスをという意見もありましたが、ちょうど楽人さんが「荒城の月」の雅楽アレンジ譜を持っていて、これを予備曲に入れておこうとなり、直前に譜面をメンバーの皆さんに送ったのですが、初見で理解してもらえたようなのはさすがだと改めて関心しました。
準備段階で、どうも私だけが気が付いていないであろう事実に、直前に気付いた時には驚きました。実はこの演奏会はお盆休暇と重なっていたんです。という事は、宿泊と船の予約は少佐に任せていたから良いものの、愛知チームの乗船地「熱海」までの新幹線の座席予約を全く気にしていなかったんですよ。でもまぁ直前にも係わらず、無事に5名分の座席が確保できたのは幸いでした。
準備の最終段階は借用した楽器や装束などの梱包発送です。
今回の演奏会では少佐の意向により、いろいろな衣装も島の皆さんに見て頂きたいということから、各自自前の装束を持参して頂く事になっていましたが、私を含め若干名分を借用手配することになっていたので、借用した物品は「鞨鼓」「太鼓」「鉦鼓」「直垂(ひたたれ):三領(装束の単位で『りょう』と数えます)」「(笙を炙るための)電気火鉢」「譜面台:10台」となりました。
これらは輸送日数を考慮して14日夕方に楽人さん、もろくん、私と、ミク仲間でありリアル楽仲間の「クロちゃん」の4人で行いましたが、太鼓、鉦鼓は完全に分解しなければ梱包できず苦労しました。しかし4人の知恵と努力は素晴らしく、初めての経験にも係わらず四つの大きく見事な荷物が出来上がりました。急ぎ「クロ・ニャンコ」に持ち込み、発送手続き完了です。
もう忘れた物や、忘れている事など無いか、前日どころか出発直前まで心配でした。何せ、島に渡ったら忘れ物を取りに戻る事はできません。少佐は「島での滞在中の一切はご心配無く」と言ってくれてましたから、メンバーの皆さんの件はお任せする事にして、私は演奏会に必要な事に集中する事ができました。